僕は就活を証明しようと思う。

完璧な就活というものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。

もし村上春樹が、こじらせ就活生だったら

「内定はお祈りの対極としてではなく、その一部として存在する。」

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その日、僕は極めて人の多い鉄の塊(おそらくぞくにいう満員電車というやつだ)に乗り、面接が予定されている会場に向かった。満員電車というものは乗るのがいつであっても、とんでもなく苦しく、まるで肉挽き機をくぐりぬけている牛肉のような気分だ。

 

ただし、僕の息子は、面接を控える所有者の意思とはどうやら関係なく動くものらしく、昨晩寝た乳房の大きい女のことを思い出し、ピサの斜塔みたいな確度で勃起していた。いささか面倒なものを身体の一部にしてしまったものだ、やれやれ。

 

そしてなんとか会場についた僕は、今朝Starbucksで注文したコーヒーについて、なぜオリジナルブレンドにしてしまったのか、本当はコロンビアの酸味にナッツを合わせるべきでなかったのかと深く後悔をしながら受付に向かった。

 

受付では名前を聞かれた。どうやら何をするにもこの国では名前というものが必要らしい。

 

「お名前?名乗る程の名前じゃないよ。実際たいした名前じゃないんだ。僕の名前になんの意味なんてない。生まれた街にだって3人はいた。」

  

「今日説明会参加の学生ですか?お名前は何ていうんですか?」

今度は隣に座っていた就活生の制服ともいえる黒いスーツを着た男子学生が僕に聞いてきた。

 

「また名前の話か。説明しなくてはそれがわからないというのは、つまり、どれだけ説明してもわからないということだよ。わかるかい?」

 

「変わった人ですね。尖ってて面白いです!ところで内定はいくつもっているんですか?」

 

これを尖っていると呼ぶのはザハイロウズの「青春」の中に出てくるつららだけだと僕は思いながら

 

「わからない。代わりに好きな小説の話ならできる。」

 

その質問を冷たくあしらった。なぜなら質問という皮をかぶった、自慢大会が繰り広げられることになるのを僕は知っていたのだ。

 

「就活生が面接やGDの中で使う逆は、対して逆でない場合も多いんだけれども、いまの場合においては"逆"という言葉自体が何か運命を持った言葉として使われていると考えてくれ。その上で逆に君は内定の持つ意味について考えたことがあるかい?」

 

「内定の持つ意味?それは企業から選ばれた一握りの学生のことじゃあないんですか?高いお給与もらって、企業名を言えば皆が驚いて合コンでモテる夢のような権利のことですよ。」

 

「もちろんそうだ、でも」僕は続けた。

 

「内定はお祈りの対極としてではなく、その一部として存在するんだ。」

 

「つまり僕はこれまで35社のESを出して、13社突破した。しかし内定はゼロだ。ゼロという数字は不思議なもので何を掛けてもゼロなんだ。1と0の間には、童貞かそうじゃないかくらいの差がある。いささか変な話だろ?こういう感じってわかるかい?」

 

相手は僕とは格が違うと察したのか(あるいは僕を突拍子もない人間だと思ったのかもしれない)、グループディスカッションで学生達の間をぐるぐる周りながら品定めをしている人事のような顔をしていた。

 

「ところで小説の話だったね。ぼくは夏休みのプールのベンチで読む、恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公わたなべ君の成長が描かれているフジサワカズキの『ぼくは愛を証明しようと思う。』を出鱈目に開いて読むのがたまらなく好きなんだ。」

 

「やっぱり成長って大事ですよね!ちなみに僕は内定が3つあって、どれにしようか迷っているんです。」

 

おそらく音楽でいうならサビだけ聞くタイプの彼は「今日頑張りましょう」といって名刺を一枚置いていった。そして内定の数は「3」だ。僕は3番目に寝た、左右の乳房が均等に整った女の子のことを思い出さずにはいられなかった。

 

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「当社を志望した理由はなんですか?」

 

「はい、御社の作るランドクルーザーに強い思い入れがあります。小さいころから片親でお父さんに育てられた僕は、週末皆でキャンプに行くのが凄く楽しみでした。その週末キャンプに行くときの車が父の好きなランドクルーザーだったんです。そんな体験に加えて、大学のサークルの話です。皆で旅行にいくことが多かったんですが、普通の車で行く時と、私が父から借りたランドクルーザーで行く時だと皆の笑顔が少し違う感じがしたんです。やっぱりモノではなくてコトだって感じました。人を笑顔にすることがモットーなので、御社のランドクルーザーを通じて社会に"トヨタらしさ"を伝えたいと思っています」

 

良くマッサージされた口が、心と別に運動をしているような完璧な志望動機を先程の学生が答えた。僕はその学生が話をしている間中、口というものの役割について暫く考えていた。これほど口について真剣に考えたのはいつぶりだっただろうか。

「ではムラカミさん、あなたの強みはなんですか?」

 

「僕は僕の弱さが好きなんだよ。苦しさや、つらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。だから強みについて聞かれるといささか不機嫌な気分になる。わかってほしい。 」

 

面接官は何も言わずに、ペンを取った。僕はペンが人を2つに分ける「合」と「不」という記号のうち「不」に◯をしたことを見逃さなかった。涙を流さずに玉ねぎを切るコツを知っているという強みを、しぶしぶ語ろうかと迷ったが、自分を偽ることはこの時の僕には許されなかったのだ。

 

気分良く帰ってもらうことが、目的の1つでもある面接官は僕にもう1つ質問をしてきた。

 

「それでは学生時代一番頑張ったことを教えてください」

 

いわゆるガクチカだ。

 

「そんなものないんだ。つまりゼロ、僕の内定と一緒さ。他の人と同じく、学校にはそこそこ行き、それなりにバイトをしてサークルに入り飲み会をしていたんだ。崩壊しそうなチームをまとめあげた経験も、逆境を乗り越えたことだってほとんどない。申し訳ないが人の笑顔をつくることに興味もない。だってそうだろ?この時期にだけ学生リーダーがたくさん生まれるんだ。もし本当にそうなら、この国には学生分のリーダーか副代表がいることになる。笑顔だって一緒さ。そんなに皆を笑顔にするのが好きで社会人になるなら、どうしてサラリーマンは皆辛そうな顔ばかりしているんだい?ついでに言わせてもらうとランドクルーザーだってただの鉄の塊で、その意味では今日僕が乗ってきた電車もスバルの車だってただの同じ鉄さ。その鉄を格好良く装飾することで違うように見せるんだ。就職活動だってそういうものだろ?」

 

面接官が僕の発言の途中から、Facebookの友人があげるリア充な写真に手元のPCで熱心にいいね!をしていたのを僕は見逃さなかった。

 

帰り際、二度とこないかもしれない飯田橋の会社を出る際に、先程の学生に僕は呼び止められた。逃げようかと思う僕の影をまるで踏んで止めるように、学生はぼくに話かけることを強く願ったのだ。

 

「さっきのムラカミさんの答え凄く面白かったです!自分の弱さを受けいれること!これは強さですよね!アドラー心理学でもそう言われていました!2次面接でお会いできるのも楽しみにしています」

 

「大事なのは、他人の頭で考えられた大きなことより、自分の頭で考えた小さなことだ。わかるだろ?」

 

「はい、名刺の裏に連絡先があるので、ぜひまた色々教えてください!」

 

この国では「はい」の持つ意味合いが少し変わってしまったのかもしれない。

 

***

カシューナッツの他に、オンザロックに合わせるカリフラワーを茹でていた僕は、ふと、今日面接であった学生のことを思い出した。これからオンザロックに合わせて、マルクス資本論を読む予定だった僕が、なぜ彼のことを思い出したのかわからないが、それは推理小説にでてくる拳銃のように、使われるのが義務のような気がして、僕は彼からもらった名刺にかかれたTwitterを除いた。

 

今日某ト◯タの面接であった学生、マジ卍。弱さが好きとか草。一方僕は、会社の理念と自分の原体験を紐付けて、大学時代のエピソードとともに、人の役に立つのが好きなこともさりげなく伝えたからこれはもらった。 

 

僕は即RTしたが、した後にもの凄く後悔をした。なぜなら僕のフォロワーは私の裏垢と、自分の親しかいなかったのだ。

 

*** 

 

1週間後、案の定、僕のもとにはご縁がない旨を知らせる無機質なメールが届いた。「今は待つしかありません。お辛いとは思いますが、ものごとにはしかるべき時期というのがあります。」僕は村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル 」の中のセリフを思いだして自分を保とうとした。そうでもしないと自分が何かと切り離されてしまう感じがしたのだ。

 

僕は頭では止めたほうがいいとわかっていながら、同じ学生のTwitterを除いてしまった。何故だかわからないが、そうしなければいけない気がしたのだ。

あれト◯タの面接落ちた。。もうランクルなんて絶対買わない

 

僕は先日面接の受付で、Attractフェーズを難なくクリアした耳の大きな女の子に連絡をし「今から、ハーゲンダッツを食べたいから家にこないかい?とびっきり美味しい限定モデルがあるんだ」と家に誘った。彼女たちには家に来るための言い訳を与えてあげる必要があるのだ。面接の担当者が上司に学生の評価を説明するためだけに、わかりやすいシグナルを求めることに良く似ている。

 

家に来た耳の大きい女の子は、ハーゲンダッツを食べ終わるかどうかのところで僕を激しく求めてきた。

 

「ムラカミ君って本当すごいのね。これまで寝た男の中で、私の耳をここまで気持ち良くしてくれた人なんていなかったもの。本当よ。勿論選考もばっちりだったんでしょ?」 

 

「ああ、ただ面接の途中からちょっと違うと感じていたから、落ちているのかもしれない」僕はコンドームを2重に重ねるくらいに自分のプライドを厳重に守りながらこう答えた。

 

「それより君の耳だって十分すごい。胸の大きさにラベルがあるように耳の大きさにもラベルがあるなら、君はだいぶ上の部類に入る」

 

セックストリガーを最大限に引くために耳の大きな女の子を褒めながら、どうして女の子の前ではここまで忠実にテクノロジーを使えるのか、面接官の前では上手くしゃべることができないのかを考えていた。

 

答えは僕の中にあるんだ。

ただし、ものごとがあまりにも完全だと、

そのあと決まって反動がやってくる。

それが世のならいなんだ。

 

と僕は自分に言い聞かせながら空をみた。

 

空にはぽっかりと2つの月が浮かんでいた。

 

***

 

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